モンハン小説 『碧空の証』 #2

「待て――――っ!! このクソ猫――――っ!!!!」

 渓流のとあるエリア――。
 そこに、【メラルー】(アイルーの亜種。物を盗むのを得意とする獣人種のモンスター)を必死で追いかける一人のハンターがいた。
 メラルーは、そのハンターから奪った地図を口に咥えながら素早く逃走し、ハンターからかなり離れた場所で穴を掘り地中に潜ってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
 息を荒げながら地面にへたり込むそのハンターの名は“ソラ”。ユクモ村独自の装備【ユクモノシリーズ】を装備している。
「あーもうっ!!」ソラは頭に被っている笠を掴んでとると、地面に投げつけた。彼女の黒髪が揺れた。
 その彼女の後ろから一匹のオトモアイルーがぴょんぴょん跳びながら近づいてくる。
「取り逃がしてしまったかニャ……」
 アイルーは残念そうな表情を浮かべた。オトモの名は“タイガ”。トラ柄の毛並みで、若葉のような緑色を基調とした体毛に、灰色で柄が入っている。彼の装備は【ユクモノネコシリーズ】で、ソラとお揃いだ。
「地図が無かったら帰れないよ……」へたり込んだままの体勢でソラが呟く。
「地図があっても迷うのにニャ?」
「黙れ」ソラはタイガを睨みつけると、笠を拾いながら深い溜め息をついた。
「早めにロイヤルハニーの採集を済ませて帰ろうと思ったのになぁ……」
 ロイヤルハニーというのは、ユクモ村近辺に生息する蜂の女王蜂のみが口にできると言われる特別なハチミツである。美味であり、健康食品としても扱われる、価値の高いハチミツでもある。
「そのロイヤルハニーすら見つけられず、地図を奪われるなんて……。帰還は絶望的ニャね」
「タイガも方向音痴じゃなければこんなことにはならなかったのに……」
 もうすぐ陽も落ち、暗くなる頃だ。数多のモンスターが生息するフィールドで一晩を過ごすのはかなりの危険が伴う。火があればモンスターを寄せ付けないようにできるが、あいにく今は火を起こせるようなものは持ち合わせていない。
「はぁ。とりあえず、道がある方向に行けば……どこかに出られるかも」ソラは薄暗いフィールドをキョロキョロと見回す。幸いにも小型モンスターは一匹もいないようだ。奥に大きな切り株があり、そしてそこから少し離れた一本の木から、金色に輝く液体のようなものが滴り落ちているのが目に入った。
「……あれ? あれってもしかして……」
「ニャ……?」
 目に入ったものが気になった彼らは、その木の元へゆっくりと近づいていく。
 木の元に辿り着くと、ソラは2メートルほどの高さがある木の上方を見上げた。そこには丸い蜂の巣があり、巣の割れ目からは粘り気のある黄金の蜜が滴っている。彼女はそれが垂れてくるところに指を構え、指の上に乗っけた。そしてその指を口に咥える――。
「とろけるような食感……このクセになる甘さ……。これはまさに……ロイヤルハニー……!!」ソラは絶頂に至ったかのような表情を浮かべている。
「ニャ!? そんニャに美味しいとはニャ……!! ボクも味見してみたいニャ!!」タイガは目を輝かせる。
「……この際、蜂の巣だけでも回収できればまだいいかなぁ」
「そうニャね」タイガがうんうんと頷く。
「よし。じゃ、蜂の巣を採ろう。でも、高いなぁ……どうやって採ろう?」
 巣がある高さは2メートル弱。ソラが背伸びすればなんとか手で触れられる高さだが、掴んで採ろうとするには高すぎる。
「うーん……肩車とかニャ?」
「タイガ、今日は無駄に冴えてるね」
「“無駄に”は無駄だニャ」
「じゃ、タイガ、しゃがんで」
「な、なぜボクが下なのニャ!? 普通ならソラがボクを肩車するべきじゃないのかニャ!?」
「はぁ……仕方ないなぁ……」
「仕方なくはないハズニャ!?」
 ソラが渋々といったようにしゃがむと、タイガはソラの肩に飛び乗った。そしてソラが立ち上がると、蜂の巣がちょうどタイガの目の前の位置に来た。
「ちょうど、巣が採れるニャ」
 タイガは手を伸ばし、蜂の巣を掴んだ。
「引っ張るニャ!!」そう言うとタイガは巣を力いっぱい引っ張った。
 ――と同時に、巣は簡単に木から離れた。
「わっ!!」
 タイガが力を込めた反動で、彼らは後ろへ仰け反り、ソラは尻もちをついた。その衝撃で少し蜜が飛び散り、ソラの頬に掛かった。タイガは勢いよく吹っ飛んだ。
「ったぁ……」
「イテテ……。だ、大丈夫かニャ? ごめんニャ……」蜂の巣を手に抱えたタイガが近づいてくる。
「ちょっとは力加減してよね……」ソラはお尻を抑えながら立ち上がる。「ロイヤルハニーは無事なの?」
「この通り、無事なのニャ」タイガは自慢げに蜂の巣を掲げた。
「よかったぁ。じゃ、もっかい味見しちゃおう!!」ソラは頬についた蜜を指で拭った。
「ニャ!! 美味しそうニャ!! じゅるる……ヨダレが出てきたニャ……」
 タイガはロイヤルハニーの小さな塊を手に取った。
「でも、依頼品だからこれっきりね」
「わかってるニャ。それじゃ、いっただきまーす!!」タイガが甘い蜜を口に運ぼうとしたその矢先――。

 グオオォォォォ――という獣の吼える声が二人の背後から襲った。

「ニャァァァァァッ!!!!」という悲鳴を上げながら飛び上がるタイガ。
「ふえっ!?」ビクッと肩を上げるソラ。
「な、何……?」
 恐る恐る振り返るソラとタイガ。その二人の目に飛び込んできたのは――。

 ――赤く光る二つの眼、棘のある硬い甲殻で覆われた両腕、青く染まった柔らかそうな体毛。そして、ギラリと不気味に輝く鋭く尖った爪。それらの持ち主である、熊の姿をした巨体は後ろ脚で立ち、二人を睨みつけている。

『も、モンスター!!』二人の声が重なる。
 モンスターとの距離は約10メートル。今すぐにでも跳びかかってこられそうな距離である。モンスターは前脚を地面について四足歩行の体勢をとると、のそのそと二人に近づいていく。
「に、逃げるよっ!!」震えながらソラが叫ぶ。
「了解ニャ!!」
 二人は一斉に走りだす。と同時に、モンスターも二人を追いかけるように走り出した。
「うわぁ!! お、追ってくるよ!!」
「ソラはハンターなんだから、武器を取って戦えばいいニャ!!」
 タイガは蜂の巣を持ち上げたまま走っている。
「うぅ……。それが簡単にできたら苦労しないよ!!」
 ソラはハンターという身でありながら、モンスターと真っ向から対峙したことがない。依頼を受けるのは、今回のような採集ばかりで、モンスターの討伐依頼などをこなしたことはなかった。そのおかげで、彼女が腰に装備している片手剣【ユクモノ鉈】はまだ一度も使用したことがなく、新品同様の輝きを放っている。また右手に装備している盾も同様に傷一つ付いていない。
「ニャ!! それじゃ武器なんて宝の持ち腐れニャ!!」
「そ、そこまで言うなら……タイガが戦ってよ!!」
「ニャッ!? いや、ボクは……遠慮するニャ!!」
「なんで!?」
「そ、それは怖いからニャ!!」
「それは私だって同じなの!! もう!! 役立たず!!」
「役立たずとは何ニャ!!」
「とりあえず……今は逃げるしかないよ!!」
 モンスターは速度を緩めず二人を追いかける。
「ほかのエリアまで逃げ切らなきゃ……!!」
 そう言いつつも彼女らは同じエリアをぐるぐると回っているだけであった。
「地図も無いし……っ、道がわからないし……っはぁ、はぁ……っ、逃げ切れないよぉ!!」全速力で走り、息を切らしながらソラが叫ぶ。
「というかなんであのモンスターは僕らを追いかけてくるのニャ!?」
「そんなの知らないよ……!! あーーっ!! 誰か……っ、はぁ……っ、助けて!!!!」
 そう叫んだ瞬間、ソラは地面にあったくぼみで躓いた。
「っ!?」
 ドンっという鈍い音が彼女の身体中に響く。ソラはうつ伏せで地面に倒れていた。
「ニャ……!! 大丈夫かニャ!?」タイガがソラのもとへ駆け寄る。
「う……うぅ……」
 身体中が痛むが、ソラはなんとか上体だけ起こした。
 そうしているうちに、モンスターは二人に追いついていた。
「あ……」
 モンスターは地面に爪を立てて止まると、後ろ脚で立ち、グォォォォォォォと吼えた。至近距離にいるせいか、そのモンスターはさっきより大きく見えた。
そして、モンスターは腕を大きく振りかざす。薄暗い場所であるにもかかわらず、鋭い爪はギラリと光る。
顔から血の気がどんどん引いていくのが二人にはわかった。
 ソラを目がけて振り下ろされるモンスターの腕。
 ――その刹那、彼女は死を悟った。