モンハン小説 『碧空の証』 #4

 【渓流】エリア4――。

「はぁ……なんであたしがこんな荷物を持たなきゃなんないのよ……」ナナは不満げな顔で、ソラのオトモアイルー――タイガの尻尾を掴み、引き摺っている。
「おい、尻尾千切れるぞ」レオンはソラを両腕で抱え込んだまま歩いている。
「そんなことどうでもいいのよ。めんどくさい……」ナナがブツブツ言っている。
 “迷子のハンター”を襲っていたモンスターが追ってきている気配は無い。
「……にしてもこいつ、起きねぇな」
 レオンは腕の中で眠る女の子――ソラの顔を見た。まだ幼さの残る顔。自分より年下なのは確実だな、と彼は思った。
「ひっぱ叩いて起こせばいいじゃない」
「そんなことできねぇよ……。とりあえず、今はこのコを村まで送り届けるのが最優先だよな……」レオンは腕に少し疲れを覚え始めていた。
「そろそろ目を覚まして欲しいな……」
 レオンはソラを見つめた。顔には血色が少し戻ってきているように見えたが、それは夕陽に照らされているからかもしれない。気絶していても、潤った桜色の唇はきれいだった。そして、なにやら甘い香りが彼女から漂っていた。
「変なコト考えてるんじゃないでしょうね」尖った口調の言葉が背中に突き刺さる。
「そ、そんなわけないだろ!!」レオンがそう叫んだとき、「……んん」という声を上げながらソラが目を微かに開けた。
「おっ、起きたな」レオンは足を止めた。
「ここ……どこ? 天国……?」弱々しい声だった。
「大丈夫か……?」レオンがそう訊くと、ソラの瞳が彼の方を向いた。
「あなたは……?」
「オレはレオン。君と同じハンターだよ。……村長に頼まれて君を捜しに来たんだ」
「そう……。そうだったんだ……よかったぁ」ソラはほっとした顔で目を瞑った。
「うん……。あっ。安心してるトコ悪いけど」
「な、なんですか?」
「そろそろ降ろしていいかな?」
 ソラは首を動かして辺りを見回すと、今置かれている状況をすぐ把握した。
「……あっ。ごめんなさい。重かったですよね」
 レオンは何と言っていいかわからず、彼女を地面にゆっくりと降ろした。彼女はふらつきながら立ち上がると、レオンの顔を見上げた。二重瞼が可愛らしかった。
「わたしはソラです。先ほどは危ないところを助けていただいてありがとうございました」そう言うと彼女は深々と頭を下げた。
「ま、無事で何よりだよ。怪我はしてないか?」
「たぶん、大丈夫です。……わたし、てっきり死んだと思っていました。本当に、ありがとうございました」ソラは再び頭を下げた。
 確かにあのモンスターの攻撃を受けていたら頭が吹き飛んでいたことだろう、とレオンは思った。
「あれ……? タイガは……?」
 ソラは慌てふためきながら周囲を見回す。
「タイガ? もしかしてこのアイルーのことかしら?」
 ナナはタイガの尻尾を掴んでぶら下げている。
「よかった。無事だったんだ。……ありがとう」ソラは微笑んだ。
「なんか、ナナが引き摺ってたみたいで、真っ黒になってるけど……いいのかな?」
 他人様のオトモアイルーを無造作に扱ってしまったら、怒られるのが普通だろう。
「いえいえ。 こんな役立たず……いえ、ゴミ以下のオトモを助けていただいただけで、わたしは嬉しいです!!」
「なんか、言ってることがひどくなってる気がするけど……。ま、気にしてないのなら、それでいいか」
 レオンが西の空を見ると、陽は半分ほど山に隠れていた。
「もうすぐ陽が落ちるな。早く帰ろう。温泉にも入りたいし」
「わたしのせいで……ごめんなさい」
「大丈夫だよ。気にするな。さ、行こうか」
「はいっ」ソラがそう返事をして歩き出そうとしたとき――「いっ!?」という声とともに彼女の身体が傾いた。 
「おいっ」レオンがとっさに彼女の身体を支え、ソラは転倒を免れた。
「ホントは怪我してたんじゃないのか?」
「そ、そうみたいです……。たぶん、躓いたときに足首を捻っちゃったんだと思います……」
「……なら仕方ないな。抱えて運んでやるよ」
 レオンがソラの背中に手をかけようとすると、「いえ、これ以上迷惑をおかけできませんから……自分で歩きます」と、ソラは首を振った。
「でも、そんな怪我じゃ歩けないだろ? 遠慮すんな」
「ん……なら、肩を貸していただけますか」
「あぁ」
「ありがとうございます」そう言うとソラはレオンの右肩に掴まろうとした――が、身長差が大きいため、肩には掴まらずに腕に掴まった。
「ナナ、行くぞ」
「こいつはどうすればいいわけ?」ナナはタイガの尻尾を掴みぶらぶらさせている。
「タイガはお好きにどうぞ」ソラがにこやかな顔で言う。
「好きにしていいのね。了解よ。モンスターの餌にでもしてこようかしらね」ナナは振り返り、エリア5へ向かおうとする。
「タイガの肉はあんまりおいしくなさそうだから寄ってこないかも……」
「ふふふ。そうね」ナナはぐるりと半回転すると、エリア1へ通じる道へ向かってスタスタと歩き始めた。レオンは何も口に出せなかった。
「ささ、レオンさん、行きましょう」ソラにそう促され、二人は歩き出した。

「ソラはハンターになってどれくらいなんだ?」
 少し歩いたところで、レオンがソラに訊いた。
「え、えぇっと……。ギルドに正式に登録してからは、まだ1ヶ月も経ってないかな……?」
「そうか……」
 まだ初心者ハンターか。なら、さっきみたいな大きなモンスターに立ち向かえないのも無理はないな――レオンはそう感じた。
「レオンさんは、どれぐらいハンターやってるんですか?」
「……3年くらいかな。14歳の時にハンターを志したんだ」
「じゃ、今は17歳なんですか?」
「あぁ」
「わたしより2つ上ですね。でも、防具も立派だし、歴戦のハンターって感じです!!」
「まだまだ未熟者だよ……」レオンはそう言いつつも、内心褒められて嬉しかった。
「……そういえば、なんで迷ってたんだ? 地図はあるだろ……?」
 レオンが訊くと、ソラは「うぅ……」と小さく呻き、少し俯いた。
「地図、メラルーに盗まれちゃったんです。あと、実はわたし、方向音痴で……。地図があっても迷うんですよ……」
「……それは大変だな」
「はい……そのせいで、依頼がなかなかこなせな――あっ!!」ソラは何か思い出したように顔を上げた。
「ロイヤルハニーが!!!!」
「ロイヤルハニー?」
「は、はい。依頼品なんですけど……置いてきちゃった……」ソラは深い溜め息をついた。
「……狩りもそうだけど、失敗の方が多いぜ。あまり気にしない方が良い」
「うぅ……。怒られちゃうかなぁ……」
「きちんと誠意を込めて謝れば大丈夫だよ」
「……ですよね。ありがとうございます」ソラは少しほっとしたような表情をしている。
「あまり深く考えすぎても悪い方へ考えるばっかりだしな」
「そうですね……。でも、わたし、ハンターに向いていないと思います……」
「どうしてそう思う?」
「だ、だって、モンスターに立ち向かっていく勇気なんか無くて、いつも逃げてばっかりで、方向音痴だし……」ソラの声はしだいに小さくなった。
「……なのに、どうしてハンターになろうと思ったんだ?」
「お父さんがハンターの仕事をしているんです。幼いころからお父さんのこと見てきて、お父さん、いつも楽しそうだったから……。わたしもお父さんみたいなハンターになりたいな、って」
「……オレと同じだな」
「え、そうなんですか?」ソラが顔を上げた。
「あぁ。オレも父さんがハンターで、ガキの頃からずっと父さんみたいなハンターになりたいと思ってたんだ。父さんは今、旅に出ていて会えてないけど、オレも同じように旅をしてる」
「旅……ですか」
「なかなか楽しいぜ。行ったところで新しい出会いもあれば新しい発見もある」
「楽しそうですね。わたしもきちんとしたハンターになれたら旅に出てみたいなぁ……。でも、そんな日は来そうにないです……」ソラがまた俯く。
「誰しも最初から上手くいくわけじゃないしな……。オレだってそうだったし。……大事なのは、これからどうするかだとオレは思うぜ?」
「これから、どうするか……」
 その後は特に会話という会話もなく、彼らはエリア4を出た。

 エリア1――。
「おっ。まだあの卵、残ってたんだな」レオンが目を輝かせる。陽も落ちかけて辺りは暗くなっているが、金の卵は輝いていた。
「珍しいですね、金の卵なんて」
「持って帰りたいなぁ……」
「ガーグァの卵はおいしいですけど金の卵は食べたことありませんね……」
「惜しいけど、今回は諦めようかな。ソラを村まで送り届けるのが先だ」
「すみません……」ソラが俯く。
「いや、謝ることはないよ。貴重なものが見られただけでもオレは満足してる」
 ――金の卵、か。このコもハンターの金の卵ならいいんだけどな、とレオンは感じたのであった。

 ベースキャンプ――。
 一足先にここへ着いていたナナが退屈そうにしていた。彼女の隣にはゴミ(※タイガ)が置かれていた。
「やっと来たわね。待ちくたびれたわ」
「すまないな」
「またここから村に帰らなきゃならないのよね……。このゴミ、どうしちゃおうかしら」そう言いながらナナは未だに気を失っているタイガを突く。
「何かいい案、ないかな……」ソラは顎に手を当てて考えている。
「そんなの模索しなくていいから、早く帰るぞ」レオンがそう言ったとき、ナナの青い瞳がキラリと光った。
「タル配便……。どうかしら?」
「それは名案ね!!」ソラはうんうんと頷いた。
「おいおいナナ……」
 ナナはニャン次郎が入っているであろうタルの傍に駆け寄ると、蓋をポン、と叩いた。するとすぐに、ニャン次郎がタルの中から飛び出してきた。
「ニャ。あっしに御用でありやすか?」
「えぇ。この“ゴミ”をユクモ村まで配達願えるかしら?」ナナはタイガをニャン次郎に差し出す。
「承りやしたニャ」ニャン次郎はタイガを摘みあげると素早くタルの中に入れた。
「それじゃあ、ご免くだせぇ!!」
 ニャン次郎はタルを倒すとその上に乗り、タルを転がしながらユクモ村へと続く道へと走って行った。
「さすがね……」ナナは感心したように頷いている。
「タイガがかわいそうだけど、オレたちも早く帰ろうぜ」
「そうね。無駄な荷物もなくなったことだし、早く帰りましょうか」
「村に帰れる……よかったぁ」ソラは安堵の表情を浮かべている。
 太陽は西の地平線に隠れ、橙色の空を暗闇が呑み込んでいった。