モンハン小説 『碧空の証』 #6

 窓から入り込んでくる陽射しを受けて、レオンは目を覚ました。
 彼がいるのは、ユクモ村の温泉宿の一室。昨晩から、彼のオトモアイルーであるナナと泊まっている。
 レオンは布団に身を包まれたまま手を頭の上に伸ばし大きな欠伸をすると、掛布団を左手で払い、畳に右手を突いて上半身を起こした。
 そのとき、右手に何かが当たる感触があった。
「ん……?」
 少し寝ぼけているせいか、すぐにそれが何であるか彼には分らなかった。
「なんだ……。ノートか……」
 レオンは再び欠伸をすると、分厚いノートを手に取り、ページを捲った。
 このノートは彼のハンターノート、言わばハンターの手帳である。
 一般的なハンターのハンターノートには、モンスターの生態やアイテムの調合法など、多岐に亘る情報が書き記されている。
 彼は、ハンターノートを日記帳代わりにも使用しており、旅の記録をズラズラと書き込んでいる。もちろん、昨日の出来事も綴られていた。
 ――ユクモ村へ来ると、まず“鬼門番(自称)”という男に絡まれた。彼に解放されたあと、村長に挨拶をすると、迷子のハンターを捜してほしいという依頼を受けた。
 渓流に入ると、タル配便という配達サービスを行う“転がしニャン次郎”というメラルーに出会った。また、少し進んだところでガーグァというモンスターと遭遇、金色の卵を落とした。よく調べたかったけど、ナナに邪魔されたので断念した。
 薄暗い森のような場所で、青い毛をもつアオアシラに襲われていたソラを発見。間一髪のところで彼女を助け出して、村へ帰還した。
 村へ帰ると、ソラに誘われて温泉へ入った。ユクモラムネが美味だった。温泉を上がろうとすると、酔ったソラが抱きついてきた。あの柔らかい彼女の身体の感触は、たぶんずっと忘れな――
「なーに見てるの?」
「わあああああっ!?」レオンは飛び上ると、ノートをバタンと閉めた。
「な、な、な、なんだ急に!? び、びっくりした!! い、い、いつの間に!?」
「いつの間に、って訊かれても、今来たばかりよ。レオンより先に目が覚めたから、ちょっと外の空気を吸いに部屋から出てただけ」ナナが腕を組みながら言う。
「そ、そうか」
「それで、何でそんなに動揺してるのかしら……?」
「な、なんでもない……」
「なんでもないはずはないと、あたしは思うけど。……いいわ、なんでもないことにしてあげる」
 ナナの青い瞳が一瞬不気味に光ったのをレオンは見逃さなかった。
(こいつ、オレのノートを盗み見る気だな……!!)彼は確信した。
「それと……。朝食、できてるそうよ」そう告げるとナナは踵を返し、部屋から出て行った。
「あ、あぁ。わかった、行こう」
 レオンは布団から脱出すると、ノートを素早くバッグの奥に詰め込み、ナナと一緒に部屋を出た。

         *

「姉ちゃん、起きて」
 黒髪で短髪の男の子がソラを起こそうとしているが、姉はベッドの上で寝息を立てるばかりだった。
「はぁ。もう知らない」
 そう吐き捨て、ソラの弟――リクは姉の部屋から去った。
 数分後、彼女の部屋のドアが大きな音を立てて開き、ソラの母が入ってきた。
「起きなさい!!」
 母はソラの耳元で叫んだが、彼女が起きる気配は微塵もない。
「はぁ……」
 母は溜め息をついて手を振り上げると、娘の頬を目がけて平手打ちを繰り出した。
「っ!?」 
 驚いたように目を見開くソラ。
「起きなさい。朝食ができてるわよ」
「乱暴な起こし方はやめてよ、お母さん……」ソラは左の頬をさすりながら起き上がると、ベッドから降りた。昨日の足の痛みはほとんど引いていた。
「まったく。昨日はよっぽど疲れてたんでしょうけど……。もう15なんだから、朝くらいちゃんと自分で起きなさい」不機嫌な口調だった。
「うー」ソラは唇を尖らせる。
「とりあえず、朝食を食べなさい」
「は~い……」
 母が部屋から出ると、ソラも母の後に続いた。

「姉ちゃん、頬が赤いね。……叩かれたの?」リクは丁度朝食を食べ終えたところだった。
「う、うるさい」
「もっとしっかりしなよ、姉なんだから。……ごちそうさま」
 リクは食器を重ねると、席を立った。ソラはテーブルの前にあるイスに座り、「いただきます」と言って朝食を食べ始めた。
「――あ、そうそう」【ウマイ米】のご飯を頬張りながら、ソラは台所で食器を洗う母に声をかけた。
「何?」
「わたし、師匠ができたんだ」
「師匠? ふぅん、それで?」母が背中で喋る。
「今日から特訓、かな?」ソラは【クック豆】から作られた味噌を溶いた味噌汁をすすった。
「がんばりなさいよ。それで、どんな人?」
「うん……。優しくてとっても強そうな人だったよ」
「いいじゃない」
「それで……、お願いがあるんだけど」
「――何?」食器を洗う手を止めて、母は振り返りソラの顔を見た。
「……師匠をこの家に泊めさせてあげられないかな、って」
「別に構わないけど」
「いいの!? ってそんな簡単に言っていいの!?」
 すんなりと許可が下りたので、ソラは心底驚いた――と同時に、以前、彼女がハンターになりたいと言ったときも、母は同じような反応を見せたということを思い出し、妙に納得した。
「今はお父さんいないし、当分は帰ってこないだろうから、ベッドが空くしちょうどいいんじゃないの?」
 考えていたことがわたしと同じ。親子なんだな。と、ソラは心の中でにやついた。
「そうだね。じゃ、リクは? 師匠が泊まってもいいの?」
 リクは部屋を出る手前で足を止めた。
「……僕も別に構わないよ」
「よかった。じゃ、そういうことで話をつけておくから」
 ソラは残りの米をガツガツと掻き込んだ。

 食事を終えた彼女は「ごちそうさま」と言うと、立ち上がって自室へ向かおうとした。
「こら、食器を持ってきなさい」
「はーい……」
 ソラは台所まで食器を運ぶと、自室へ駆け込んだ。
 彼女は帯を緩めると、黄檗〈きはだ〉色で襟や肩山や袖山の部分が赤で強調された、普段着である着物を脱ぎ、インナーウェア姿になった。
 壁にかかっている【ユクモノドウギ】を手に取ると、両腕を通し、右の鎖骨あたりにある紐を括った。次に【ユクモノハカマ】を穿き、腰にはポーチやナイフのついた【ユクモノオビ】を巻く。そして【ユクモノコテ】を両腕に嵌めると、【ユクモノカサ】を頭に被った。
 これが【ユクモノシリーズ】という防具である。渓流に生えているしなやかで頑丈な上質な樹木から採取できる、柔軟で頑丈な木材“ユクモの木”を使用しており、軽く、動きやすい防具となっている。
 そして片手剣である【ユクモノ鉈】を、腰の後ろに剣、右腕に盾といったように装備した。
 ハンターの世界では、利き腕に盾を装備することが多い。これは、モンスターへ攻撃するよりもモンスターの攻撃を防ぎ、身を守るということに重しが置かれるからである。
「よーしっ」
 気合十分に、ソラは家から飛び出した。

         *

 朝食を終えたレオンは、自室に戻っていた。
「今日からソラの訓練をするんだったな」
「そうね。早く防具を装備して彼女に会わないと」ナナがいつもの口調で言った。
「だな」
 レオンは部屋の一角に固めて置いてあった【レウスシリーズ】を手に取ると、黙々と装備し始めた。
 【レウスシリーズ】は、【リオレウス】というモンスターの素材からなる防具である。重量はあるが、その防御力は並大抵の防具とは比較にならないほど高い。
 リオレウスは、赤い甲殻で身を包んだ、飛竜種のモンスターである。
 飛竜種はモンスターを分類する上での名称の一つであり、現在最も多くモンスターが確認されている種である。前脚が翼になっており、飛行する能力のあるモンスターを指すが、中には飛行能力がほとんどない種も存在する。
 リオレウスの体内には“火炎袋”と呼ばれる内臓器官があり、ここで作りだされた炎の塊を吐き出して外敵を攻撃する。これが、リオレウスの別名が“火竜”たる所以〈ゆえん〉である。また、数多の飛竜の中でもとりわけ優れた飛行能力を持つことから“空の王者”とも呼ばれ、戦闘力や凶暴性はかなり高いことで有名だ。
 レオンはそのリオレウスを狩猟し、この装備一式を揃えた。しかし、“飛竜の王”とも謳われるほどのリオレウスを、一人で狩猟するのは困難を極める。他のハンターと協力して狩猟を行い、装備を揃えたのだった。
 ――また、モンスターの素材を使用する装備一式を揃えるためには、数回同じモンスターを狩猟し、素材を得る必要があることが多い。これは、一回の狩猟でモンスターから素材の剥ぎ取りを行える回数が限られており、また得られる報酬素材もそう多くないためである。
 強い防具を作ろうとすると貴重な素材が必要となる場合が多く、レア素材を獲るためにモンスターを乱獲・密猟しようとするハンターが後を絶たない。勿論、密猟は大罪であるため、密猟を行うハンターはギルドにより取り締まられる。
 しかし、素材が集まらず、複数のモンスターの装備を組み合わせていると異端とされ、好印象は持たれないのも事実である。
 よって、モンスターの素材を使用した装備一式を揃えるのはかなり難しいことであり、装備そのものがハンターの実力や経験を語っているといっても過言ではないのである。

「うしっ」
 頭以外の防具を装着し終えたレオンが頷いた。
 防具は頭、胸、腕、腰、脚の5パーツに分かれており、狩猟に向かう際には全ての部位に防具を装着するのが基本である。
 しかし、レオンのように頭の防具のみ装備しないハンターもよく見受けられる。若者の中では、代わりにピアスを着ける者もいる。着けない理由は人それぞれだが、顔全体を覆う頭の防具を着けると視界が悪くなり、即座に状況が掴めずかえって危険である、というのが主な理由である。
 レオンの場合は、蒸れて汗臭くなることと髪型が崩れてしまうことが嫌だというのが理由だ(危険度の高いモンスターに挑む場合は、仕方なく着ける)。
「じゃ、ナナ、行くぞ……」
 レオンが振り返ると、バッグを漁るナナの姿が目に飛び込んできた。
「って、お、おい!! 何やってんだ!!」
「さっきのノートを見ようと思って。でも、見当たらないわね」
「み、見るなよ?」
「なんでよ? 見られてマズいものでもあるの?」
「いや、人のものを許可無く覗き見るのはどうかと思うぞ?」
「じゃ、許可を取れば――あ、あった」バッグの奥底に眠らせてあったノートをナナは掴み取ると、ページを捲ってレオンが昨日書き込んだ部分を探した。
「やめろおおおおおおおおっ!!」
 恐ろしい形相でレオンがナナに飛び掛かる。ナナが華麗に避けてみせると、レオンはドスッと床に堕ちた。
「ほうほう……なるほどね」ニヤニヤしながらノートを見つめるナナ。
 レオンは床にうつ伏せになったまま、何も言葉を発しなかった。
「つまりは――そういうことね。レオンもれっきとした男ってわけね」
 レオンは立ち上がると、ナナの手からノートを奪うようにして取った。
「う、うるせぇ。そんなことより、行くぞ。ナナも防具着けろよ」
「言われなくともそうするわ」
 淡々と防具を着けるナナを眺めながら、レオンは一つ溜め息をついた。

 

 

☆あとがき

 拙著をご拝読いただきありがとうございます。

 毎度ながら稚拙な文章で申し訳なく感じております。

 文章力と語彙力の双方をつけていかなければなと思う日々。

 やはり、文豪の作品を読んでみるのがいいのでしょうか……。

 

 今週はモロに試験期間中なので、更新速度は遅くなるかと思われます(*ω*)