モンハン小説 『碧空の証』 #7

「あっ、師匠!! ナナちゃん!! おはよう!!」
 温泉宿から出たレオンとナナを、ソラは笑顔で手を振りながら出迎えた。
「おう、おはよう」
「おはよ」
「あの、報告があります。わたしの家に泊まってもいいそうです」
「そうか、それはよかった。ずっと温泉宿に泊まってても金が減るばっかりだしな」
「案外すんなりと許可がおりて驚きました!!」
「おう、そうか。それで、足は大丈夫なのか?」
「はい。もう痛みも引いてるし、大丈夫だと思います!! では、さっそくご指導お願いします!!」
「おう。そうだな、最初は何からすればいいかな……」
「ハンターの仕事をする上で重要なことをすればいいのよ」
「大事なこと……ねぇ」
 レオンはチラッとソラを見た。右腕に装着している盾に傷一つ付いていないのが目に留まる。
「武器の扱い……かな」
「やっぱり……そうなっちゃうか……」ソラの表情が陰った。
「とりあえず、実践あるのみだな。そうそう、渓流にはいつでもは入れるんだよな?」
「うん。村の人たちが“ユクモの木”を採りに行ってるよ」
「わかった。なら、今すぐ行こう」
「うん」
 3人は渓流を目指し、走った。

 渓流、ベースキャンプ――。
「はぁ、はぁ……。レオンとナナちゃん、走るの、速い……」ソラは息を切らして、地面にへたり込んでいる。
「そうか……?」レオンとナナが目を見合わせる。
「ここまで来るので息が上がってちゃ、いろいろ大変よ」
「……そ、そうだよね。が、がんばらなきゃ」
「とりあえず息は整えとけよ」
「う……うん」
 ソラは息を深く吸って、吐いた。それを何度か繰り返す。
「ふ~。そろそろ大丈夫かな?」
「よし。じゃ、武器の扱いに慣れるために、小型モンスターを狩ってみるか」
「小型モンスター……」
「そうだな……、ガーグァあたりか?」
「なんでガーグァなの?」
「臆病なモンスターなんだろ? なら、向こうから攻撃を仕掛けてくることはないから攻撃しやすいんじゃないかと思って」
「な、なるほど……」
「ま、行こうか。なんだかんだ言っても、仕方ないしな」
 
 エリア1――。
 ガーグァが3匹、群れている。三人の気配に気付いているようではなく、それぞれが嘴で草を啄ばんでいる。だが、草を食べているようではなかった。
「まだ気付かれてないみたいだな」茂みに身を潜めながらレオンが言った。
「そ、そうだね」緊張しているせいか、ソラの声が裏返った。
「さて、どいつを狩ろうか……」
「こ、殺すの……?」
「あぁ。残酷な話かもしれないが、これがハンターになるための第一歩なんだ」
 落ち着いた声でレオンが言う。
「ソラなら大丈夫よ」ナナが励ます。
「う、うん……」手汗が滲んでいるのがソラにはわかった。
「よし、じゃあ、一番手前にいるあいつをターゲットにしよう」
 レオンが指差す先にいるガーグァは、尻を三人の方に向け、水辺で呑気に佇んでいた。
「武器を構えて」
「う、うん」
 ソラは片手剣を腰の後ろから引き抜くと、盾を装備した右腕を前に突き出し、半身になって剣を構えた。
「よし、行ってこい」
 レオンに背中を押され、少しよろけながらもソラは茂みからおそるおそる飛び出した。今、ガーグァが彼女に気付いている様子は無い。
 そして、そろそろとした足取りでガーグァの方へ忍び寄る。
 ――大丈夫、大丈夫。
 自分にそう言い聞かせながら、じわじわとターゲットに近づく。
 一歩、一歩と近づくたびに、ただならぬ緊張感が全身を襲う。
 ガーグァとの距離1メートル――。
(ここで踏み込めば――)
 ガーグァの背中を見つめ、ソラは剣を持った左腕を振りかざすと、左足を踏み込んだ。水飛沫が袴を濡らした。
 そして、鋭い刃をガーグァの背中に――。

 斬りつけることはできなかった。ソラの胸中に一瞬の躊躇いがあったからだった。

「クワッ?」
 水が撥ねる音に気が付いたガーグァは、長い首を後ろに捻った。ソラは剣を振りかざしたまま身体を動かさなかった。
 ガーグァと目が合った。嘴には虫が咥えられている。
(このコには悪いけど、やらなきゃ……!!)
 ソラは剣の柄を掴む左手にぎゅっと力を入れた。手汗が滲んでいるのがわかった。
 走っているわけでもないのに、息が荒くなっている。
 見つめあったまま動かないガーグァとソラ。ガーグァの潤んだ瞳は、何かを訴えかけるかのようだった。
(ううう……。そんな目で見つめないで!!)
 ソラは歯を食い縛る。
(剣を振り下ろさなきゃ……)
 そうは思っていても、身体が動かない。
 ――剣を振り下ろせば、このガーグァは傷付く。傷口からは血が溢れ、痛みが身体を支配し悶え苦しむ。
 この後に待ち受けるだろう光景を想像すると、彼女の身体はますます動かなかった。
「う……。だ、ダメだ……。わたしには殺せない……」ソラは両腕をダラリと垂らした。手汗で柄の部分が滑り、剣を落としそうになったが、辛うじて止めた。
 レオンとナナが飛び出すと、その音と姿に気付いたガーグァ3匹は向かいの茂みにそそくさと逃げていってしまった。
「おい……大丈夫か?」呆然と立ち尽くすソラにレオンは声を掛けた。
「わ、わたし……やっぱりハンターに向いてないんだ……」
 沈んだ声だった。
「やらなきゃって、わかってるのに……。できなかった……!」
「気にすることないのよ、ソラ」ナナがなだめる。
「ダメだよね……。もう」武器を納めながらソラが呟く。
「誰しも最初から上手くいくなんてことはないのよ」
「そ、それでも、わたしには――」
「ソラ」レオンは、最後まで言わせなかった。
「……お前の覚悟はそんなに中途半端なものだったのか?」
 ソラは黙ったまま俯いた。
「お前の――あのときの言葉は嘘だったのか? 父さんみたいなハンターになりたい、って」
 ソラはブンブンと首を振った。
「……そうだろ? 立派なハンターになりたいんだろ?」
 ソラは頷いた。
「なら……そんなに簡単に諦めないことだ」
 レオンは腕を組むと、話を続けた。
「ハンターって、残酷な職業だよな。生きているモンスターを傷つけ、命を奪う……。そして、その報酬で生活をする。これ以上残酷なことはないよな。でも、生き物を殺したくない――そういう思いは大切なことだ。だから、オレたちはモンスターに感謝して、狩りをするんだ」
 レオンは俯いたままのソラの方へ近づく。
「そういう感謝のない奴は逆にダメだ。そういう奴らに限って、密猟なんかをするんだ。だから……気にすることはないさ」
 レオンがソラの顔を覗きこむと、彼女の頬を雫が伝っていた。
「う……っ、……っうぅ」
 一粒の雫が地面に染み込んだ。
「え?」
「あ~あ。レオン、泣かしちゃったぁ~」ナナが冷やかしを入れる。
「お、オレが泣かしたのか!?」当惑するレオン。
「そりゃそうに決まってるじゃない。アンタがなんとかしなさいよ」
「そ、そう言われても……」レオンは頭を抱え込んだ。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……」ソラは顔を両手で覆い、蹲〈うずくま〉った。
「謝らなくていいのよ、こんな奴に」
 ナナはキッ、とレオンを睨みつける。彼は、たじろいだ。
「あー……あのさ、慰めにはならないけど、一つ提案がある」
「何?」
「武器を変えてみるってのはどうだ? なぁ、ソラ?」
「っ……。ぶ、武器……?」ソラは鼻を啜りながら言った。
「そう。武器だ」
「なるほどね。レオンにしちゃ考えたわね」
「片手剣は武器の中でも扱いやすいといわれるから、ハンターの間じゃよく使われるけど、実際扱いやすい武器は人それぞれだからな」
「……わかった」ソラは小さく頷いた。
「よし、一旦村へ戻ろうか」
 レオンが手を引いてソラを立ち上がらせると、3人はもと来た道を引き返した。

 

☆あとがき

 今回はかなり短いですね。

 とりあえず試験も終わったことですし、ぼちぼち書きます!!