モンハン小説 『碧空の証』 #12
エリア５──。
鬱蒼と生い茂る樹木に囲まれたこのエリアは薄暗く、わずかな木洩れ日が湿った地面に注ぎ込まれていた。２匹のガーグァがエリア内をうろついている。
「うん、ここならアオキノコが生えてそうだな」
見回しながらレオンが言う。
「ほ、ホントに昨日のモンスターいない……よね？」
「ニャ……ブルブル」
ソラとタイガは怯えていた。
「大丈夫だ。もしいたとしても、オレが守ってやるよ」
頼もしさを感じる彼の言葉に、ソラは息を|吐《つ》いた。
「あ……ありがとう、レオン」
「――っていうのは、今だけだ」
レオンの目つきが急に真剣なものへと変わった。
「えっ」
「これからは……モンスターに対する恐怖に打ち勝っていかなければならない」
「――」
ソラの表情が固まっていた。
「どうした？」
「……いや、急に深刻な話題になったから」
「でも、これはけっこう重要なことだ。モンスターに攻撃する勇気と、立ち向かっていく勇気は違うものだからな」
「そなの？」
「“躊躇”に対するものか、“恐怖”に対するものかの違いだ」
「……うん」
「躊躇に対してなら、一度勇気を出せば、そのあとは慣性に従って上手くいくことが多い。――でも、恐怖は違う。一度克服したとしても、そのあとずっと恐怖に打ち勝てるかといえば、そうじゃない。いつでも、怖いものは怖いんだ」
ソラは何も言わずに俯いた。
「――あ、ごめん。ちょっと話が暗くなりすぎたかな」
「レオンの話、いつも長いしおもしろくないわ」
ナナがレオンを腐す。
「ま、バカだし、しょうがないわね」
「……オレの悪い癖だよ」
話が長いのはレオンも自覚している。だからこそ、簡潔に言おうと努力はしているが。
「ま、いずれは大型のモンスターを狩ることになるだろうし、そのときは堂々と対峙できるようにしなよ、っていうことを俺は言いたかったんだ」
「う、うん。わかった」
ソラは顔を上げ、頷いた。
「そんなことより、アオキノコだな」
「そうね。バカのせいで探索の時間が短くなったわね」
「早く探そうか」
４人は先程と同様エリア内に散開し、アオキノコ探索を再開した。
「あっ、あった!! あったよ!!」
ソラの声がエリア内に木霊する。３人は彼女の元へと駆け寄った。彼女が居たのは、エリア５からエリア６へ続く道のすぐ傍だった。
「これ、間違いないよね？」
しゃがみ込んだ彼女の手には、深い青色のキノコが握られている。
「……綺麗な青ね。間違いなく、アオキノコよ」
「やったっ」
「うげぇ……。食欲を無くす色ニャ……」タイガは舌を出し、顔を顰《しか》めた。
「アオキノコは、食用というより薬用だからな」
「青色には食欲減退効果があるから、アオキノコをそのまま食すことはなかったのかもしれないわね」
「……よし。調合材料も揃ったことだし、回復薬を作ろうか」
「うんっ」
「――と、思ったけど」
「け、けど？」
レオンは腕組みをして、上天へ目を遣った。
「ハチミツがあれば尚良いかな」
「ハチミツ？ 何に使うの？」
「それは、後々教えるよ。それで、ハチミツがどこにあるかは分からないか？」
「昨日、このエリアで見つけた気がするけど……」
ソラは辺りに視線を巡らせる。
「確か、あのあたり……かな？」
大きな切り株の付近に生える細い木を彼女は指し示した。
「でも、昨日採っちゃったから、無いかも」
「そういえば、昨日はハチミツを食べ損なったのニャ……。残念だったニャ……」
タイガが肩を落として言った。
「いや……まだ採ってない蜂の巣が近くにありそうだし、探してみる価値はあるな」
レオンのその言葉で、タイガの瞳に光が宿る。
「ニャ!! 早く探すニャ!! ニャァァァァァァァッ!!」
ソラが示した方向へ、タイガは土煙をあげながら駆ける。
「…………」
「……すごい執念だな」
「ただ単純なバカに見えるわ……」
取り残された彼らは、ただ呆然としていた。
「とりあえず、探そうか」
「うん」
レオンとナナが歩き出す。ソラは採取したばかりのキノコをポーチに詰めると、２人に続いた。
「ハ!! チ!! ミ!! ツ!!」
タイガは張り切って、木の上を隈なく探索していた。
「ど、こ、ニャァァァァ――――ッ!!」
エリア内の丸鳥《ガーグァ》が驚いて飛び上がるほどの奇声を、彼は上げていた。
「叫んでもハチミツは落ちてこないよ、タイガ」
「うぐぐ……ニャ」
タイガは唇を噛み締めた。……噛む唇がアイルーにあるかどうかは不明だが。
「でも、やっぱりどこにもないよ？」
ソラが木の上を見上げて言った。
「蜂の巣は、木の上にしかないと思い込んでるだろ？」レオンがにやついて言った。
『え？』と、ソラとタイガの反応が重複した。
「例えば……そうだな」
レオンは鼻をヒクヒクさせた。彼はニオイが嗅ぎ取れた一本の朽木に手を掛けた。
「この木だ」
「？」
「まぁ、見てな」
彼は腰に提げた剥ぎ取りナイフを慣れた手つきで構えると、刃を幹に深く突き立て、ナイフを捻って樹皮を剥いだ。すると、中から数十匹の蜜蜂が飛び出し、六角形の部屋が無数にあるクリーム色の構造物が露わになった。
「あっ!!」
「蜂の巣ニャ!!」
驚いた表情で、二人はレオンに駆け寄る。
「う、美味そうニャ……」タイガは思わず舌嘗《な》めずりした。
「こんなトコにもあったなんて……すごい」
「昨日採れなかった分、採っときなよ」
「うんっ」
ソラは木の中に手を突っ込んで、蜂の巣を引き出す。黄金色の粘液がツーと糸を引いた。
「……これはロイヤルハニーじゃなさそうニャ」
取り出された巣を見て、タイガは残念そうにしている。
「そうなのか？」
「あっ。そう言われてみれば……特有の輝きが無いね」
ロイヤルハニーは特上のハチミツ。素人目で見ても、その輝きには天と地の差がある（と、謳われている）。
「ソラだけロイヤルハニーを食べて……ズルいニャ」
「あ、あれは不慮の事故だよ。モンスターが居るなんて知らなかったし……」
「ニャ!! それでもズルいものはズルいニャ!!」
「ズルくないよ!!」
「おいおい、喧嘩はやめてくれよ……」
目で火花を散らす二人をレオンは慰撫しようとする。だが、彼らの言い争いは収まりそうになかった。
「――ねぇ、レオン」
ナナがハチミツのあった朽木から数メートル離れた場所に位置する立木の傍に立って、レオンを手招きした。
「ん？」
彼が歩み寄ると、彼女は木の幹に目を注いでいた。
「ナナ、どうかしたか？」
「この傷、何かしらね」
水分を含んだ若い木の太い幹に、３本の切り傷が縦に走っているのが目に見えた。
「……昨日のアオアシラっていうモンスターの仕業か何かじゃないか？」
彼は顎に手を当てた。
「ハチミツのある木の近くにマーキングして、後で取りに来ようという算段だったのかしらね。なかなかね……」
「あぁ。ということは、また戻ってくる可能性も――」
「待て――――――――っ!!」
「待てニャ――――――ッ!!」
レオンの言葉を、ソラとタイガの怒号が遮断した。
「な、何だ？」
レオンが振り返ると、蜂の巣を掴んで素早く逃げ回る猫を二人が追い掛けている光景が目に入った。口論をしている途中、泥棒猫《メラルー》に盗まれたようだった。“漁夫の利”という言葉がお似合いの場景だ。
『ハァ……ハァ……ッ』
二人が肩で息をしながら、レオンとナナの元へ戻る。
「ハァ……と、取り逃がしたニャ……ッ!!」
「もうっ!! ……っ……タイガのせいだからね!!」
「なんニャと!? 元はといえば、ソラが悪いのニャ!!」
「はぁ!? 意味わかんないよ!!」
「落ち着け、お前ら――」
唾を飛ばし合う二人にレオンの声は届いておらず、喧騒は止まなかった。
「意味がわからないのは、ソラの頭が悪いからニャ!!」
「タイガの方がバカじゃん!? バーカバーカ!!」
「こんニャろ～!!」
「やるかっ!?」
双方が飛び掛かろうとする。
「静かにしろっ!!」
レオンが突然、声を上げた。
３人は吃驚して全身が硬直し、瞠目した。
「お前らなぁ……オレ達は遊びに来てるんじゃないんだ」
落ち着いた怒りの声だった。彼の目は吊り上がっている。
「は、はい……」
ソラの視線が落ちる。それを見ながら、彼は続けた。
「今は危険なモンスターが居ないからいいけどな……ここは狩り場なんだぞ？ お前達には、危機感ってものが無さ過ぎる。こんな些細なことで喧嘩なんかしてたら……モンスターに食われるぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「ご、ごめんなさいニャ……」
二人は反省した顔つきで頭を深く下げた。
「……以後、気をつけるように」
そう言って、レオンは溜め息をついた。そして３人に背を向け、歩き出した。
「……狩人《ハンター》にとって大事なのは、依頼を遂行することでも、富や名声を手に入れることでもなく、狩り場から生還することだ。……必ず生きて帰る――このことを、いつも肝に銘じておけ」
静かな口調だった。ソラはどこか寂しげな彼の背中を見つめながら、「はい」と返事するしかなかった。
「……あとは、瓶に水を詰めてからベースキャンプへ戻るぞ」
彼はゆっくりとした足取りで、エリア６に続く道へ向かう。そんな彼と少し距離を置きながら、ソラ、タイガ、ナナは後に続いた。
☆あとがき
お久しぶりでございます。
久々の更新。お待たせしてしまい申し訳ございません。
いつも読んでいただいておられる方々には、感謝申し上げます。ありがとうございます!!
突然ですが……文章が下手くそではないのか？ と執筆していてよく感じます。
私の伝えたいことが、イマイチ伝えきれていないのでは、と。
そこのところがどうなのか、知りたいところです。自分だけでは、そういうのがよくわからないので。
やはり、新聞や文豪の小説等を読むべき、ですかね。
とりあえず、精進するしかないです！！\(｀o´)/
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加筆修正版は、明日の夜に第10話を投稿します!!
