モンハン小説 『碧空の証』 #11


 胃袋を満たしご満悦の様子の一行は、束の間の休息を取っていた。
「――さて、腹ごしらえも済んだことだし、次に移ろうか」
 頃合いを見計らい、レオンが言った。ハンターとしての基礎知識は、まだまだ教えることがたくさんある。
「あ、うん」
 座り込んでいたソラは、すぐ立ち上がると、レオンの目を見た。
「次は……調合についてだ」
「調合……?」
「数種類の素材を組み合わせて、アイテムを生み出すことよ。例えば、【薬草】と【アオキノコ】とを調合すると、【回復薬】になるの」
「へぇ……。なんか難しそうだね……」
 ソラは眉を曇らせた。
「調合は、俺でもよく失敗するし、難しいぜ。知識が乏しいと、なかなか思うようにいかなかいことが多い」
「はわわわ……。わたしにできるかな?」
「それは……やってみないと分からないな」
「それで、何を調合するの?」
「そうだな……。さっきナナが言ってた回復薬でいいんじゃないか? 素材も比較的集めやすそうだしな。なぁ、ナナ?」
「えぇ。調合も簡単で成功確率も高いし、丁度いいんじゃない?」
「よし、じゃあ、その回復薬を調合で作ればいいんだね」
 あぁ、とレオンは頷いた。
「薬草と……あと何を見つければいいんだっけ」
「アオキノコよ」
「そうそう、アオキノコ」
「薬草がどこに生えてるかは、覚えてるのか?」
「うーん……」
 その質問に、ソラは黙考した。
「……それっぽいのが生えてた場所は、なんとなく覚えてるかな。……でも、フィールド探索のときはいつも、地図を見て現在位置を確かめるだけで精一杯だから、ホントかどうかはわかんないよ」
「そうか……。方向音痴って大変なんだな……」
「自分がどこにいるのかさっばりだもん」
「これから色々と大変になるかもな、治さないと」
「う、うん……」俯きかけるソラ。
「……でも、気にすることはないぜ。気楽に行こう」
「うんっ」
「よし、早速行こうか」
「行こう!」
「……行くのはいいけど、これはどうするのよ?」
『ん?』
 タイガが仰向けになり、陽の光を全身に浴びながら昼寝をしていた。
「ここまで気持ち良さそうに寝てると、起こすのも悪い気がするな……。でも、タイガも一緒に来た方がいいよな」
「なら、起こすわよ」
 ナナはタイガの耳を摘まむと、容赦なく引っ張った。
「△◇×※○□!?」
 激痛に襲われた彼は、言葉にならない声を発して飛び上がった。
「せっかく気持ちよく寝てたのに、邪魔するなんてあんまりニャァ……」
「それじゃあ、わたしたちだけで行ってくるから、タイガは一人でここにいてね?」
「……えっ、それもあんまりだニャ。それなら、ボクも付いていくニャ」
「よーし。じゃあ行こう、レオン、ナナちゃん」
「おう」
「えぇ」
 4人は足並みを揃え、ベースキャンプを後にした。

 エリア1――。
 水辺には、数十分程前に射殺したガーグァの死体が転がっていた。仲間の死骸を恐れているのか、他のガーグァはエリア内に入り込んでいなかった。
「なんか、改めて見ると……罪悪感に苛まれるんだよね。やっぱり殺さなきゃよかった、って」
 沈んだ声でソラが言った。
「で、でも、後悔はしていないよ? ガーグァのお陰で美味しいお肉も食べられたんだし」
 取り繕うように言うソラを見て、レオンはふっ、と笑みを溢した。
 勇気を持って一歩踏み出すだけで、人は変われるんだな――そう思ったからだ。
「……あれ? わたし、変なこと言った?」
「……いや、そんなことはないよ」
 彼は澄ました顔を向けた。
「だよね。全然おかしくないよね」
 ソラはちょっぴり困惑したような表情を浮かべる。 
「……あ、そうそう、一つ気になったんだけど……死骸ってずっと残ってるものなの?」
「ん? いや、ずっとは残らないな。……でも、それがどうした?」
「……いや、いつも通るときに見ちゃったらヤダなぁ……って」
「そりゃ、死骸だらけだったら困るよな。でも、心配は要らない。分解者がはたらいてくれるからな」
「ぶ、ぶんかいしゃ?」
「あぁ。説明すると長くなるけど――」
 世界には様々な生態系が存在するが、その中に生きる生物は、生産者、消費者、分解者の大きく三つに区分される。生産者、消費者、そして分解者だ。
 生産者である植物は、太陽の光を受けて光合成を行い、無機物から有機物を生成する。消費者は、生産者によって作られた有機物を直接または間接的に取り入れる動物で、植物を食べる草食モンスターやそれらを食べる肉食モンスター、また人間も消費者である。
 分解者は、有機物を無機物に分解するはたらきをもつ菌類・細菌類及び死体を食らう|腐肉食《スカヴェンジャー》モンスターのことで、モンスターの死体はこれらにより分解される。
 この世界では、分解者のはたらきが活発であり、数時間も経てば死骸は消えてしまう。だが、全てが分解されるわけではないので、骨や腐敗した肉が残っていることも少なくない。
「……というわけ」
「へぇ……よく知ってるね」ソラは感心しているようだった。
「いろいろ本を読むと、知識が蓄えられていいぞ。……そんなことよりも、次はどのエリアに向かうんだ?」
「うーん……」
 ソラはポーチから地図を引っ張り出して広げた。
「確か、エリア4に薬草みたいな草が生えてたような気がするんだよね」
「なら、行こうか」
「うん。……おーい、行くよ」
 エリアの隅で草と戯れているタイガを呼びつけた。
「ニャ……? 行くのかニャ?」
「あれ……何それ?」
 駆け寄ってきたタイガは、手に何かを掴んでいた。
「ニャ? この草、食べられるかニャと思って」
「あら……? それ、ちょっと見せて」
「ニャ?」
 ナナは彼の手から瑞々しい草を取ると、じっくりと観察し始めた。
「……これは、薬草ね。間違いないわ」
「おっ、タイガ、やるじゃん!!」
 ソラは、タイガの頭をくしゃくしゃにするように撫でてやる。
「ニャ?」突然のことに、タイガは呆然としている。
「アイルーは人間より小さいから、地面に近いところがよく分かるんだな」
「そうね、探索とか、そういうのはあたしたちの方が得意なのかもね」
「ニャ……? これは、食べられないのかニャ?」
「ん? そんなこともないけど……あとで使うから、それはお預けな、タイガ」
「むむ……残念ニャ」
 彼は薬草を掴んだまま、がっくりと肩を落とした。
「それじゃ、あとはアオキノコだけだね!!」
「そうだな。よし、エリア4へ向かおうか」
 3人は|各々《おのおの》肯くと、足を進めた。

「アオキノコってどんなの?」
 エリア1からエリア4へ続く道を辿る途中、ソラが訊いた。
「あれ? 知らないのか?」
 ソラは主に採集の依頼を受けていたということを村長から聞き、既に彼女はキノコ類の採集はしているものだ、と思い込んでいたレオンは少し虚を突かれた。
「うん。わたし、【特産タケノコ】とハチミツの採集依頼しか受けたことがないから、キノコのことはあまり知らなくて」
「そうだったんだな。てっきり、キノコ採取くらいは済ませてたものだと思ってたよ」
「まだ初心者だからねっ」
 彼女は誇らしげに胸を張った。
「そこ、威張るところじゃないと思うぞ」
「やっぱり?」
 彼女は桜色の唇の隙間から舌を覗かせた。
「そんなことより、アオキノコの特徴を教えてよ」
「あぁ。アオキノコはその名の通り青色をしたキノコで、薬事効果を高める成分をふんだんに含んでいる。だから、様々な薬を作るときの調合材料に用いられることが多いんだ」
「へぇ……」
「アオキノコは、かなり広範囲に渡って分布してるから、たいていの場所で見つけることができるわ」
 ナナが補足する。
「じゃ、すぐ見つけられそう?」
「さぁ、それはわからないな」
「それは、食べられるのかニャ?」
 先刻からタイガの頭の中は食べ物で一杯のようだ。
「アオキノコって食べられたっけ、ナナ?」
「ちょっとかじったことはあるけど、美味しくはなかったわ」
「それは残念ニャ……」
「たぶん、土でも食べてた方が美味しいわよ」
「じゃ、またあとでそうするニャ」
「……さっきから冗談が通じなくなってるわ。……強く蹴りすぎたかしら」
「タイガのことなんか、放っておいても大丈夫だよ」
「そうね」
「…………」

 エリア4──。
 短い雑草が一面に繁茂するこのエリアに進入した瞬間、獣のニオイがレオンの鼻を劈いた。エリア内では数匹の【ブルファンゴ】がたむろし、鼻を鳴らして地面を嗅いでいた。
「あ……ブルファンゴだ……」
「ニャ……!?」
 栗色の体毛、1対の反り返った牙が特徴の猪の姿を見て、ソラとタイガは思わず身震いをしていた。タイガは冷や汗さえもかいている。
「……どうした?」
「いや、あのモンスターとはいろいろあって……怖くて……」
「……ニャ……ブルブル」
 自らの目に入った物に猪突猛進するブルファンゴは、村人や狩りの最中のハンターにとってかなりの脅威である。小型のモンスターといえど、その突進の威力は凄まじく、一度襲われるとトラウマになってしまう者もいるほどだ。
「あぁ……確かに厄介者だよ、あいつは」
「小型モンスターこそ侮るなかれ、ってことよ」
 狩猟経験の豊富な二人は、顔を見合わせて頷いた。
「奴らは嗅覚が鋭いから、オレたちがいることはもう勘付いているかもしれないな。でも、視力は弱いから、あまり近付きさえしなければ襲われることはないよ」
「あ、そうなんだ。……でも、もし、こっちに向かって突進してきたらどう対処すればいいの?」
「ブルファンゴは、真っ直ぐにしか突進しない。なら、どうすればいいかわかるよな?」
「んー……あっ、真横に避ければいいんだ」
「そう、突進方向に対して垂直に回避すれば、攻撃を免れることができる。逆に、上手く誘導してやれば、岩壁や木に激突させて気絶させることもできるんだ」
「じゃあ、ずっと追いかけてきてたのって、ずっと真っ直ぐ逃げてたからかなぁ……」
「そうとしか考えられないニャ。お陰で酷い目に遭ったのニャ……」
「うん。タイガのお陰であのときは助かったよ」
 皆まで聞かずとも、何があったのかがレオンには分かったような気がした。
「でも、これで対処法はわかったよな。それじゃ、ブルファンゴの突進に気をつけながら、アオキノコを探そうか」
「はーい」
「ニャ」
 4人はエリア内に散り散りになって、アオキノコ探索を開始した。
 
 ──適当に時間が過ぎた頃、レオンが集合の合図をかけた。3人は、ブルファンゴになるべく接近しないよう細心の注意を払いながら、彼の元へ集まった。
「見つかったか?」
 レオンが訊くと、全員が首を横に振った。
「どこにもなかった……」
「隅々まで探したけど、見つからなかったニャ」
「薬草は見つけたわ。……でも、このエリアはキノコが生えるのには向いてないのかもね」
 皆が口々に報告するのを聞き、レオンは唸った。
「……確か、湿った場所にキノコは生えやすいんだよな」
「そうね。なら、昨日の薄暗いエリアなんかがいいんじゃないの?」
「あぁ、そこなら生えてそうだな。苔も生えてたようだったし」
「え、昨日のトコって……もしかしてあのモンスターが居たところ?」
「あぁ」
「うへぇ……」
 レオンが頷くと、ソラは顔を歪ませた。昨日、彼女はモンスター──アオアシラに襲われ、殺されかけたのだから、そういった反応を見せるのは自然なことだ。
「でも、今日は居ないと思うよ」
「え? ホントに?」
「うん、ニオイがしないからな」
「ニオイ?」
「あれ、ソラは知らなかったっけ」
 何も知らないといったように、彼女は首を傾げた。
「レオンはね、嗅覚が鋭いから、モンスターの居場所がニオイで分かるのよ」
「へぇぇ……すごいなぁ……」ソラは嘆声を漏らす。
「普通、モンスターの位置を把握するには【ペイントボール】っていう手投げ玉を使うんだ」
「ペイントボール?」
「あぁ。潰すと強力な臭気を放ち、色のついた樹液を出す【ペイントの実】っていう果実と、【ネンチャク草】とを調合することで簡単に手に入るアイテムだ。狩猟対象となるモンスターにそれを当てることで色やニオイを付け、追跡する」
 ソラはうんうんと頷いた。
「……オレは基本的に使わないけど、ソラは使うこともあるだろうから、覚えておくといいよ」
「わかった」
「ちょっと話が過ぎたな。早く、エリア5へ向かおう。確か、あっちの道だったよな」
 古びた鳥居と廃屋が埋まった小高い土の山の向こうに続く道を、レオンは指差した。
「えぇ、確かそうね」
「1回通っただけなのに、よく覚えてるね……」
「ソラが方向音痴なだけだ、行くぞ」
「うぅ……」
 レオンが駆け出す。その背中を見据えながら、ソラ達も走った。

 

☆あとがき

 お久しぶりです、からいつも始まるこのあとがき。

 さてさて、10話も越え、モンハンの小説らしくなるのかと思いきや

 全然狩らないっていうね。

 

 狩らずに終わってしまうのではないか……と思ってしまう。

 それどころか、完結できるのか? という不安もあります。

 

 話の枠組みは作れても、肉付け作業がなかなかで、書き進めることがあまりできていない状況です。

 気長にお待ちください。

 

――――――――――――――――

 モンスターハンター ~碧空の証~

 ↑こちらでは修正版を投稿しています。