モンハン小説 『碧空の証』 #10
「オレがいない間に何があったんだ……?」
切り傷だらけでブルブルと震えるタイガを見て、レオンは眉をひそめた。
「やっぱりアレはマグレだったのニャ……。散々な目に遭ったのニャ……。生きてるのが奇跡みたいだニャ……」
「大変だな、お前も」
二人は目を合わせると、互いに深い溜め息をついた。
「それで、弓の扱いには慣れたか?」
「うん、まぁまぁかな。なんか、自信も付いてきたよ」
「そうか。よし、もう一度渓流へ向かうぞ」レオンは親指で渓流の方向を指した。
「え、また行くの?」
「あぁ。まだまだ教えることだってたくさんあるからな」
「そ、そっか」
「あ、ナナ、ちょっと」
「何?」
レオンは腰を下ろすと、ナナにそっと耳打ちした。
「そう、わかったわ」
ナナは何かを承諾すると、農場の入り口に向かって走っていった。
「ナナちゃん、どこへ行ったの?」ソラが訊いた。
「ん? ま、気にするな。じゃ、行こう!!」
レオンは彼女の言葉を一蹴すると、駆けた。疑問符を頭に掲げながら、二人は彼の後を追いかけた。
渓流、ベースキャンプ――。
影がほぼ真下に落ちる時間。胃袋が食べ物を乞うように唸っている。
「お腹空いたよ……」ソラが掌で腹部をさすった。
「ボクも、昨日から何にも食べてないニャ」タイガは座り込んでいる。
「じゃ、次は狩り場での食料の入手方法を教えよう」
「うん」ソラはレオンの顔を見上げた。
「依頼を受けて狩りに行く前には、あの青の箱、支給品ボックスの中を確かめるのはわかってるよな?」
「うん。地図が入ってるから、必ず確認するよ」
「ソラは“採集・納品”の依頼しか受けてないと思うから知らないだろうけど、モンスターを“討伐”や“捕獲”する依頼の場合は、支給品ボックスの中に【応急薬】と、【携帯食料】が入ってるんだ。応急薬は、止血効果や治癒効果のある薬で、火傷とか凍傷にも効果がある、万能薬だ。携帯食料は、疲労回復に効果がある野戦食。味はまずまずだけどな。……ここまでいいか?」
「うん」
「じゃ、携帯食料が無くなって、腹が減ったらどうする?」
「え、えーと……。何か探して食べる、かな?」
「そう。自生する木の実や山菜、キノコを採ったり、魚を釣って食べたりする方法がある」
「でも、そういうのって、毒になるってものもあるよね?」
「その通りだ。ネバネバした【ネンチャク草】とか、発火作用があって爆薬のもとになる【火薬草】とか、いろいろあるからな。間違えて火薬草を食ったら、胃の中で燃えて黒焦げになっちまうかもしれない」
「そ、それは怖いね……」
「キノコも、麻痺作用のある【マヒダケ】や、毒がある【毒テングダケ】とか、いろいろあるからな……。魚にしてもそうだ。【サシミウオ】なんかは脂が乗ってて美味いけど、背ビレが硬く鋭く尖っている【キレアジ】、死んだときに爆裂したり拡散したりする【バクレツアロワナ】や【カクサンデメキン】なんていう危険な魚もいるからな。むやみやたらに食うもんじゃない。狩猟アイテムに使用すると、高い効果や威力を発揮するものが多いけどな」
「ってことは、しっかりした知識が必要になる、ってことなんだね」
「そう、ハンターにはそういった知識が不可欠だ。……ちょっと話が脱線したな。じゃ、キノコや魚以外で何か空腹を満たせるものはないか?」
「……水でお腹を一杯に満たす?」
「……その発想はなかったな。……タイガならどうする?」
「ボクなら、お肉が食べたいニャ」
「そう、肉だ。モンスターの肉を食べればいい。でも、どんなモンスターの肉でも食えばいいってものじゃないけどな。【ブルファンゴ】っていう野生のイノシシの肉は、脂が乗ってて美味いぜ。ちょっと臭いけど。そうだ、ガーグァの肉はどうなんだ?」
「うん、ガーグァのお肉はけっこう美味しいよ。わたしたちもよく食べてるし」
「そうか……。なら、さっきのリベンジ、やってみるか」
その言葉を聞いて、ソラはハッとした。
「が、ガーグァを狩る、ってこと?」
「あぁ、そうだ。その弓を使って、ガーグァを狩るんだ。そして、肉を貰う」
「う、うん……」ソラの表情が陰った。
「……食べるのは大丈夫でも、殺すのには抵抗があるよな、やっぱり」
「……うん。何も悪いことなんてしていないのに、殺すのはやっぱり躊躇うよ。でも……」
ソラはレオンを見上げた。
「これが、わたしのハンター人生の大きな一歩になるなら……わたしはやる」
「よし、ならやってみよう」レオンの口元が緩んだ。
「ボクの知らない間に何があったのかニャ? なんか、全然ソラらしくないニャ」
「へっへーん。今までのわたしとは違うトコ、タイガに見せつけてあげる」
「ニャ。期待しておくニャ」タイガは首を縦に振った。
ソラは目を瞑った。
――今のわたしなら、できる。
彼女は深く深呼吸をすると、ゆっくりと瞼を開いた。
「よし、行こう」
エリア1―― 。
2匹のガーグァが、草に付いた虫を啄んでいるところだった。
茂みに身を潜める狩人は、その片方を見据えていた。
ソラは弓を構えると、矢を矧いだ。引き絞る弦がキリキリと音を立てる。静かな動作とは裏腹に、彼女の心臓は激しく脈打っていた。
|標的《ガーグァ》が振り返った――と、その瞬間に矢を離す。
直後、鏃がガーグァの胸元を貫き、鮮血が迸った。
「クワァァァァァッ!?」
ガーグァは悲鳴を上げた。それに驚いたのか、もう片方のガーグァは逃げ出した。
射抜かれたガーグァは、何が起こったのか分からないように硬直していたが、襲ってくる痛みに耐えられず、苦しみ出した。
その姿を見て、ソラは胸が締め付けられる思いだった。
――ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中で何度もそう呟いた。しかし、もう取り返しのつかないことになったことは分かっている。ならば、せめてすぐ楽にさせてあげたい。
彼女はすぐ2本目の矢を取ると、番え、射た。
放たれた矢は脳天を直撃し、ガーグァは叫び声を上げながら倒れた。
「ふぅ……」ソラが吐息をついて|弓手《ゆんで》を降ろすと、後方で様子を見守っていたレオンとタイガが彼女の元へ駆け寄った。
「やったな!!」
「ニャ。見直したニャ!!」
「う、うん……」彼女の心拍はまだ収まっていなかった。
「は……初めてモンスターを狩ったよ……」
「あぁ、これは大きな一歩だぜ」
「……でも、なんか罪悪感が……」
「そのうち慣れる。気にすることなんかないぜ」
「う、うん……」
「じゃ、モンスターを討伐した後のことを教えよう」
ソラは静かに頷いた。
「討伐したモンスターに対しては、そのモンスターの素材の採取――すなわち剥ぎ取りを行う。これは、倒した相手に対する最大の敬意を表す行為なんだ」
「自然に感謝して素材をもらうってことなんだね」
「そう。でも、採れそうな素材全てを剥ぎ取ってはいけない。必要最低限の素材を剥ぎ取ったら、残りは自然に還すというのが掟になってる」
ソラは相槌を打った。
「それで、剥ぎ取りの際には、腰に装備している剥ぎ取りナイフを使う」
ソラは腰の装備に付いている剥ぎ取りナイフを手に取った。
「このナイフって剥ぎ取りに使うんだ。……武器だと思ってた」
「まぁ、振り回して使うこともできるけど……。武器としての耐久性は低いからな、すぐ壊れるぞ」
「ふぅん……」
「ま、実際に剥ぎ取りをしてみるのが一番だ」
3人は討伐したガーグァのもとへ近寄る。倒れ込んだ丸い鳥から出た血が、水辺を赤く染めていた。
「近くで見るとなんか嫌だなぁ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ」
「そうニャ。早くお肉が食べたいニャ」
「タイガは何にもしてないでしょ。あげないよ」
「お、応援してたニャ!!」
「そんなこと言わず、みんなで一緒に食べようぜ、ソラ」
「レオンがそう言うなら……仕方ないなぁ」
「よかったニャ」タイガはホッとしたような顔をする。
「それで、どこを剥ぎ取ればいいかな?」
「太腿や胸の辺りじゃないかな」
「う、うん。わかった」
ソラはしゃがみこむと、まず胸に刺さっている矢をゆっくり引き抜いた。剥ぎ取りナイフを構えると、胸元に突き立て、抉った。肉を引き裂く不気味な感触が伝った。
「うぅ……。な、内臓が見えてる……」
「肉を取ったら、さっと洗っておくんだ。あとは、ガーグァの大腿骨や脛骨を取っておくといい」
「……骨? 何に使うの?」
「それは、あとのお楽しみ。とりあえず必要な分だけ剥ぎ取ったら、ベースキャンプでナナが来るのを待とう」
「……わかった」
「ニャ!」
ベースキャンプ――。
「そういえば、レオンはナナちゃんに何を頼んだの?」剥ぎ取ったばかりの生肉を抱えたソラが訊いた。
「すぐわかるよ」
レオンが答えた直後、ガラガラと音を立てながら小型の荷車がやって来た。荷車には木製のイスや、何か大きなものが載せられている。
「お疲れ、ナナ」
「荷車を押すのは疲れるわね。怪我人ハンターを運ぶ荷車アイルーの大変さが窺えるわ」
あぁ、と相槌を打つと、レオンは積み荷を探り始めた。
「例のアレ、忘れずに持ってきてるよな」
「もちろん。それはそうと、ソラはモンスターの初狩猟に成功したようね」
「う、うん」
「ふふふ。良かったわ」
「ナナちゃんのお陰だよ」
「おっ、これだ」
レオンは積み荷の中から目的の物を取り出すと、地面に置いた。
中央部が凹んだ楕円状の石製の土台があり、その両端にはY字型の木製の棒が垂直に据え付けられている。
「何これ?」
ソラが指差した。
「これは【肉焼きセット】の、肉焼き器だ」
「……あっ、これでこのお肉を焼くんだね」
「そう。じゃ、早速肉を焼く準備をしよう。まずは火だけど……」
「火ならそこにあるわね」
ベースキャンプに設置されているベッドの隣にある焚き火と薪をナナは指差すと、「火は任せて」と告げ、焚き火の方へ向かっていった。
「この骨は何に使うのかニャ?」ガーグァの足の骨を抱えたタイガが訊いた。
「あぁ、それか。大腿骨や脛骨は細長い骨だから、肉を刺すのに最適だと思ったんだ」
「肉を刺す?」
「あぁ。ソラ、生肉を一つ渡してくれ」
レオンはソラから生肉を受け取ると、彼の腰の装備に付いた剥ぎ取りナイフを構え、串で刺すようにナイフを肉に刺した。そしてタイガから骨を受け取ると、貫通させた穴に骨を通す。すると、骨付きの肉のようになった。
「こんな感じ。やってみな」
「よーし」
ソラはタイガからもう1本の骨を受け取ると、レオンに倣い骨付き肉を作った。
「こんな感じ?」
「うん、いい感じ」レオンがうんうんと頷くと、ソラは微笑んだ。
「美味そうニャ……」涎を垂らすタイガ。
「じゃ、焼き方を説明しよう」
「はーい」
「まずは……」レオンは腰を下ろして、地面に置いてある金属製のクランクハンドルを取った。
クランク部先端は半円弧状になっていて、円弧の一端にはバネが付いている。もう一端には溝があり、ここにバネを引っ掛けることで、様々な大きさの棒状の物体を保持できるようになっている。
「これを、骨の片端に付ける。そして、先が二手に分かれた木の棒に骨の両端を掛けて、ハンドルを回して肉を回転させながら焼くんだ」
「へぇ。けっこう簡単なんだね」
「なら、先に焼いてみるか?」
「え、あ、う、うん」
ソラは一瞬戸惑いながらもぎこちなく頷いた。
「火は起こせたわ。いつでも大丈夫よ」
「よし。じゃ骨にハンドルを付けてみよう」レオンはクランクハンドルを手渡した。
「このバネで骨を掴めばいいの?」
「あぁ」
骨にハンドルを留めるソラを見つめながら、レオンが口を開いた。
「それと、焼く前に一つ言っておこう」
「うん?」
「肉を焼くときに一番難しいのは、肉の焼き上がりのタイミングだ。早すぎると中まで火が通らず生焼けになるし、中まで火を通そうとして長く焼き過ぎると焦げてしまう」
「……じゃあ、丁度いいタイミングはどうやって見極めればいいの?」
「そうだな……肉の表面の色や沁み出した肉汁なんかを見て判断するのが一般的だと思う。あとは……勘だな」
「か、勘なんだね。……まぁ、やってみなきゃわかんないか」
ソラは肉焼き器の側に置かれたイスに腰を掛けると、2本のY字の金属棒の上に骨の両端を掛けた。
「このまま、回せばいいんだよね」
「おう、ゆっくりな」
彼女はうん、と頷くと、静かにハンドルを掴んだ手を旋転させ始めた。
――盛る炎が桃色の肉を熱し、徐々に表面の色調が変わっていくのが目に見えた。香ばしい匂いを持った分子が周囲に漂い、食欲を煽動させた。
「い、いいニオイなのニャ……!!」
昨日から何も口にしていないタイガは、匂いを嗅いだだけで満腹感を味わえるようだった。
「焼き上がりが楽しみ……!!」
初めての体験に、ソラは目を輝かせていた。
弾けるような音とともに透明な肉汁が溢れてきたところで、彼女は肉を火から上げた。
「じゅるり……。美味しそうなのニャ……」
「こ、こんなものなのかな?」
タイガとソラはこんがりと焼き上がった肉をまじまじと見つめている。
「初めてにしては上出来ね」
「やったっ」
ナナの言葉を聞いて、ソラは小躍りして喜んだ。
「じゃ、どんどん焼いて――」
「ボ、ボク、もう我慢できないニャァァァァッ!」
空腹に耐えきれなかったタイガが、こんがり肉に向かって獅子の如く飛び掛かった。
「わっ!?」
「危ない!!」
すかさずナナが飛び蹴りを喰らわす。
「ぺにょっ!?」
悲鳴を上げながらタイガは頭から岩壁に激突し、壁を伝ってズルズルと墜ちた。
「食べたいなら自分で焼きなさい」
「そうだぜタイガ。自分のものは自分でしないと」
タイガは痛みに耐えながら起き上がると「……ニャ、そうしますニャ……」と呟いた。
「……それじゃ、どんどん焼いていこう」
『おぉーっ!!』
――全員分の肉を焼き終えた彼らは、こんがりと焼けた肉をそれぞれの手に持った。その全てに、味付けのための塩と香辛料が振掛けられている。
「それじゃ、食べようか!」
「いただくニャーッ!!」
レオンの掛け声と同時に、タイガは肉にがっついた。
弾力のある肉を噛む度に溢れだす肉汁が、口一杯に広がった。
「ん~~~~っ!! 美味いニャ……!!」
彼は歓声を上げると、また肉を貪り食い始めた。その様子を見ていたソラは目を丸くしていた。
「よっぽどお腹が空いてたんだね」
「……はれのへいで、ぼふがひょふびにありふへなはっはとおほっへるのひゃ?」
『?』
タイガが口一杯に肉を頬張りながら喋ったため、3人には何と言っているのかが理解できなかった。
「ほら、ソラも食べろよ?」
レオンはそう促すと、彼も肉を口に運んだ。隣のナナも、静かに肉を食べている。
「うん。じゃ、いただきまーす!!」
ソラはこんがり肉に一口、囓り付くともぐもぐと咀嚼する。クセの無い淡白な味の肉だったが、旨味成分をふんだんに含んだ肉汁と調味料の辛みが、|味蕾《みらい》を刺激した。
「……美味しい!!」
彼女は目を大きく見開き、嘆声を漏らした。
「そうだろ? 自分で狩りをして獲た肉を、自分で焼いて食べる。苦労の末に手に入れた幸せだ。こういうことをできるのもハンターとしての仕事の醍醐味なんだ」
「うん!! この美味しさはハンターしか味わえないね!!」
満面の笑みで答えるソラ。そんな彼女の顔を見て、レオンも微笑んだのだった。
「ゲフッ。美味しかったのニャ」
タイガは既に骨だけになったものを手にしている。
「もう食べちゃったの? もっと味わって食べればいいのに」
「今のボクは味わうことよりも食べることの方が先だったのニャ。……まだ食べ足りないニャ」
「なんなら、あたしの食べる?」
ナナが食い止しの肉を差し出すと、タイガは目を輝かせながら受け取った。
「ニャッ!! これはありがたいニャ!!」
「遠慮なく食べなさい」
彼女がそう言った後に口角を吊り上げたのには誰にも気付かなかった。
「ナナは優しいのニャ。いただきますニャ!!」
タイガは渡された肉をガツガツと頬張った――とその直後、すべてを大地に撒布した。
「なっ、なんニャコレ!?」
「ちょっと焦がしちゃったのよね。だから、食べてもらおうと思って」
「でもまぁ、肉に変わりはないから、おいしくいただくニャ」
『!?』
焦げた肉を美味しそうに味わう彼の姿に、3人は|驚駭《きょうがい》した。
――午餐を終えた彼らは、何処からか聞こえてくる清流のせせらぎに耳を傾けていた。
☆あとがき
お久しぶりです。
週1の投稿ペースになってますね。
春休みに入り、執筆も捗るかと思いきや……全然ダメですね。
申し訳ないです。
あと、お知らせです。
下記サイトにて、加筆修正版を投稿しております。
可笑しいところも多々修正してありますので、そちらの方が読みやすいかもしれません。
感想や評価等も可能ですので、厚かましいお願いですが、できればよろしくお願いします。(強制はしません)
将来的には、そちらの方が主体となるかもしれません。
こちらは、雑談とか番外編とかを書くようになるかもしれませんね。
今後ともよろしくお願いします。